最初に思い浮かんだ言葉は「ぶっ飛んでる…」であった。
これは、藤本智士さんの著書『魔法をかける編集』を読み終えたときの感想だ。
もちろん、いい意味での「ぶっ飛んでる」なのだが、これらのアイデアや発想がどこから生まれてくるのだろうか、と圧倒されて思考が止まる。あらゆる展開がイノベーティブすぎて自分の思考が全く追いつかない。
「この展開面は面白すぎる。何だろう、天才ですか?」
そんなことを思いながら本を読み進めて、あっという間に熟読。もっと正確に言えば、今回で5度目の読了だった。(書評を書こうと思ってね…)
沖縄を拠点に活動する二拠点生活フリーライター・編集者みやねえ(@miya_nee3)です。
著者の藤本智士さんに注目し始めたのが、いつ頃からだったのかは記憶が定かではないが、2018年3月に沖縄県うるま市でトークイベントを開催すると知ったときには即申込みをしていた。
ドラマ「アンナチュラル」の中堂さん的に言うと、今日うるま市で開催した藤本智士さんのトークイベントが"クッソ"面白すぎた。個人的に勝手な解釈をつけるならば、キーワードは「肩の力を抜いたワークライフ(という名の編集)」な気がする。真っ当な話の中にぶっ飛んだ発想と愛あるこだわりを感じた pic.twitter.com/VxjXnXU6BK
— みやねえ(miya-nee)@OKINAWA GRIT代表 (@miya_nee3) 2018年3月5日
トークイベントに参加したときに本を購入しようと思い、ご本人のサインまでいただいた。
今思えば、現在は流通してない藤本さんらが自主出版した雑誌「Re:S(りす)」のバックナンバーを購入すれば良かった……と後悔しながら、2018年10月に東京で開催した「&bottle」のトークイベントで、雑誌Re:Sの「特集:木からしる」を手に入れた。
雑誌「Re:S」のコンセプトは、”あたらしい普通を提案する”こと。
この部分を聞いただけでも、何だかワクワクしてくるじゃないか。
昨日は「あたらしい”ふつう”の、編集と写真と生活のはなし」のイベントへ。
Re:S藤本智士さん、ジモコロ友光だんごさん、灯台もと暮らしタクロコマさん、鶴と亀小林さんが写真やローカルを切り口にした編集トーク。
始終笑いありのトークとは裏腹に清々しいくらいに思考も行動も覚悟が宿っていた。 pic.twitter.com/KhaNQugoBD
— みやねえ(miya-nee)@OKINAWA GRIT代表 (@miya_nee3) 2018年10月24日
2018年2月、著書の「魔法をかける編集」を期間限定で全ページ無料公開されていたことに気付いて、マジか?と鳥肌モノの感動で即チェックした。今はもう公開されてはいないが、このブログに無料公開した経緯が記されている。
ジャニーズの嵐と一緒に旅をした書籍「ニッポンの嵐」、熊本地震後の熊本を切り取った若手俳優・佐藤健さんの書籍「るろうにほん 熊本へ」などの編集も手掛けたベテラン編集者だった。しかも「ローカルを編集する」ことに長けた編集者だったのだ。
目次はこちら
「ビジョンと謙虚さ」の大切さ
藤本さんの会社『Re:S(りす)』は、「Re:standard」の略。「あたらしい”ふつう”」を提案して、狭義な意味での「編集」を広義なものに変化させて、メディアを活用して状況を変化させる「編集力という魔法」の使い方を本書で説明している。
前書きの段階ですでに引き込まれ、この楽しいワクワク感は何だろう?と思いながらパラパラと本をめくって行く。
第一章では「ローカルメディア」についてこう語られている。
僕にとって究極のローカルメディアは自分自身であり、あなたです。
ドキッ! 私も? 私自身がローカルメディア!?
勘違い甚だしく自意識過剰になりかけて、いや待てよ、と。
いきなり究極のネタを突きつけられて深く思考を落としてみた。ひとり一人の思考や行動が「ローカルメディアに成り得る」って、この発想自体が革命じゃないかと。
本書ではさらに「ローカルメディア」を深掘りしていくのだが、人ありきのローカルな視点で語られている。
さらに第一章で『必要なのは「ビジョン」と「謙虚さ」』とも語られ、今まさに自分が悩ましく思っていることと類似していて、この目から鱗の価値観に「喝!」を入れられた気分だ。その中で「数値目標達成おじさん」の解説が面白かった。私自身も数字に捕らわれそうになっったとき「違う。それではアカンやろ?」と思い直した経験がある。
『勇者と魔王の違い』の話は腑に落ちすぎて「わかる。めっちゃわかるー」と感動してる間に、第二章で「日本酒会の革命児、齋彌酒造店の杜氏・高橋藤一さん」がなぜに凄いのかを語り始めて、秋田の日本酒「雪の茅舎」が飲みたくなった。
「こういうことか。読者に行動を起こさせる文章って」
この本を読みながら読者という体験をして、フリーライターである自分に言い聞かせるように「読者に行動を起こさせる文章」を目の前に納得して、感心して、すごいなあ…と尊敬の念を抱く。
そして、第2章にはこうも書かれている。
編集の魔法の強さは、その信念の強さに比例します。
わかりみすぎるーーー!
しかし世の中は、正義のヒーローが必ずしも勝負に勝つとは限らない。
長年の習慣から感覚が麻痺して悪循環の現状に気づかず、傍から見たら終わってる現場もあるのだと思う。
そのような現場や地域では「編集の魔法」が使えるのだろうか、と甚だ疑問に感じて、このとき必要になるのが「周囲を巻き込むチカラ」なのかもしれないと。話がそれたけれども、本書には藤本さんが抱く疑問を要所要所で定義して、これがまたひとつ一つの思考が深い。
なるほどなあ、と納得せざるを得なかった。
『すいとう帖』の本づくりから、12年の歳月を経て開発された「&bottle」
第二章の中で、2004年『すいとう帖』の本づくりへと話は進むのだが、これが時を経て2018年9月1日に「&bottle(アンドボトル)」の発売へと繋がり、12年の歳月を経て開発されたタイガー魔法瓶と藤本さんの会社「Re:S(りす)」がコラボしたステンレスボトルだ。
長年に渡って編集で魔法をかけた歴史的な成果なのだろう。
12年間といえば、生まれた赤ちゃんが小学校を卒業するまでの年月。そう考えると、一筋縄ではいかない熱量の高さと思いと、そして大勢の人たちの協力や挫折や諦めない勇気なんかがあって、長い年月の足跡をたどって奇跡が起こったようなものだ。
まさに、ローカルの異端児。
そう思えた藤本さんの行動力や思想が、熱量の高い地道な活動の上に成り立ってしていたことを本書を読んで知る。
「マイボトル」という言葉の生みの親であることや、当初、マイボトルの開発に関するプレゼンのトークで切り返した言葉が最高だった。
鞄の中のペットボトルを水筒にチェンジさせることです。
あまりにも見事なセリフだ。
世の中を逆手に取った鮮やかな手腕に惚れ惚れしたのだが、物事はそうスムーズには進行しないらしい。
「それ水筒じゃなくて、ボトルね」と関係者に言われて、ご本人も「なるほどお…」と納得したようだ。そしてこの固定観念から「マイボトル」という新しい言葉が生まれたらしい。
秋田県庁発行フリーペーパー「のんびり」と自主出版した雑誌「Re:S」
第三章では、藤本さんらが自主出版した雑誌「Re:S(りす)」でおこなった取材や編集力の凄まじさを物語り、第四章では、秋田県発行のフリーペーパー「のんびり」で雑草のような逞しいプレゼンと取材・執筆を行うチームのストーリーにも触れ、ぐいぐいと引き込まれていく。
時にクオリティにこだわり、時に世の中の真逆を行き、強い信念でビジョンへと真っ直ぐに突き進むスピード感。無理難題も持ち上がる中、いい意味での執着心で見事にやり切ってしまう。
この熱量の高さが伝染してか、人が動き、成果物に感動して、再び仕事のチャンスが訪れるというのか。大手企業に自ら企画を持ち込んだこともある、と本書には綴られ、このバイタリティこそが「編集を魔法に変えるチカラ」なのではないかと思った。
それらの熱は周囲へと伝染し、自然に周囲が巻き込まれていく。
各々のプロジェクトを実際に目の前にしたら「おもしろそう!」と思ってきっと参加したくなる。でも実際に体験していたら「厳しく難しい場面」が立ちはだかって頭を抱え込んでいただろう。
傍から見ているだけと自分事化するのでは、見え方も受け取り方も丸っきり違うし、当事者になれば責任という重圧も降りかかる。これらの一大プロジェクトを軽やかに渡り歩く藤本さんとメンバーが追求したいものとは、一体何なのか。
熱量だけでこなせる覚悟ではないだろうし、「人一倍おもしろがる」とか「極限まで表現を追究する」とか、そこには全力で魅了される「編集という魔法」がかけられていて、難易度の高い難問に挑む勇気と根気が湧くような「魔法の空間」だったのかもしれない。
読むうちに気付いたことは、藤本さんは同じワザを使わない。ひとつ一つのプロジェクトに新しい魂を吹き込み、あえてクリエイティブにしない作戦を立てたと思えば、次のプロジェクトでは超一流のクリエイターを起用している。
複雑な思考回路をお持ちなのだろうと思い、ひとつ一つのプロジェクトを「なぜ今回はこうしたのだろう?」と自分なりに紐解いて考えるうちに、依頼が来た時から、仕事を受けた時点から、その「超人的な感」ってヤツで、その先まで見据えた大きな構想を抱いていたのだろうと思い、しかも限りなく遠い未来まで見通しているような。
「ローカルでストーリーを作る超人」
そんな言葉が頭に浮かび、この本にはサラッと読んだときの感動と、じっくり読み込んで初めて伝わる深い思考が、謎解きゲームの答えのように落とし込まれている気がした。
秋田県にかほ市象潟町出身の木版画家「池田修三」
第六章では『編集を最大限に活かした「池田修三」』さんの話が語られている。2018年3月に沖縄で開催された藤本さんのトークイベントに参加して、秋田出身の木版画家「池田修三」さんの一大プロジェクトの話を初めて聞いたのだ。
「池田修三美術館を作れたらいいね」
そう問いかけると、地元の人たちは全くイメージ湧かず。ならば、実際に作って見せればいい!と大阪で開催した池田修三氏の木版画展覧会の場面が、まさに見事だった。
本書に掲載された1枚の会場写真から、ファンタジックな木版画をさりげなく強調させたシンプルで考えられたクリエイティブな造りにクオリティ高さが伺える。
シンプルに、主役と作品がより生きてくる展示。
そして、池田修三氏のご家族やその関係者を秋田県から大阪に呼んで展示会場を見せると、入口から会場を覗き込んだ家族や関係者らの動きが止まる。
藤本氏「こういう場所、地元象潟町にほしくないですか?」
地元の人「ほしいーーー!」
本書に掲載された、たった1枚の展示会場の写真と藤本さんの文章から伝わってくる現場の臨場感。また、相手の感情を引き出す問いかけの言葉が上手すぎる。
これは「ライターが、インタビューするときのノウハウにの使える」と感じて、てか、普段の会話に活用したらそれこそ周囲の人たちをハッピーにできるんじゃないのか?
読書しながら構想のスケールのデカさに心が躍り、こんなことが実現可能なのか?という疑心暗鬼な衝撃と感動で胸熱だった。
この話から学び取れたことは、すでに存在するローカルのヒト・モノ・コトに焦点を当てて「イチから編集すること」の大切さだった。埋もれた宝を掘り起こして、そこに光を当てる。それらを生きた情報として表現できるのが「編集」というチカラであり、「編集者」の役目なのだとも感じた。
その醍醐味は、きっと計り知れないだろう。
これほど壮大な構想で動くのは難しくても、誰かに光を当てたインタビュー記事のように、小さなことからならスタートすることはできる。
本書には、藤本さんの功績や活動や思想だけでなく、年月を経て徐々に姿を現した「疑問」や「課題」に対する問いかけも興味深い。ネタバレせずにまとめると、薄っぺらい内容になるけれど…
- 地方ってこんなに面白い
- 地方を編集するチカラ
- 企画ってこうやって作るんやで
- 偶然なネーミングの魔法
- 作品に命を吹き込む
- 作品づくりに妥協しない
- ビジョンに対する謙虚な姿勢
- 魔法の編集の根源は強い信念
ざっと挙げただけでもこれだけ出てくる。
清々しい読後感の中、「やっぱりぶっ飛んでる。笑」と再び思いながら、藤本さんのように天才的で破天荒な発想で芸術的なアプローチからローカルメディアを活用して、未来へのビジョンに向かって動いていくと、クリエイティブやローカルメディアのあり方を再確認できるのか。今の自分の活動にも何か生かせる気がする、と漠然と考えていた。(ムズイムズイ…)
軌跡のようなネーミングを生み出すことも大切らしい。
あたらしい物事を世の中に提案するときは、あたらしい言葉が必要。
「広告のキャッチコピーのように?」
と思って商品名やらイベント名やら地域活動のグループ名やら、自分が認識する思いつく限りの名称が頭の中を駆け巡った。
・言葉と言葉の掛け合わせ
・自分たちで考えた面白い造語
・シンプルで伝わりやすい言葉
そして、そのネーミングだけでストーリーを語れるか、も大切な視点のようだ。
編集で魔法をかける。
だから、編集者は魔法使いらしい。
そう考えると編集者の仕事って…
なんだか、夢があるなって。
誰にでも使える「編集という魔法」を使うのは、今なのかもしれない。誰もがメディアに成り得てローカルを編集できるなら、この本書のように『魔法をかける編集』のチカラが、まさに今、ローカルには必要なんだと思う。
2018年7月23日、東京の千代田区神田錦町に、食べられるミュージアム「風土はfoodから」がオープンした。藤本さんがアートディレクターとして参加しているらしい。
神保町駅、神田駅から徒歩3分。「風土はfoodから」に行ってきた。ランチの惣菜・自家製なめたけ和えがめちゃウマ!スタッフらと少し話し込んだら一連の話が面白く、なるほどこれがクリエイティブ!となり秋田に行きたくなった。この場所から何が生まれるのか今後が楽しみすぎる。また来月も行きたい! pic.twitter.com/JQUA1JAklX
— miya-nee/みやねえ@OKINAWA GRIT代表 (@miya_nee) 2018年7月27日
秋田の食材や日本各地の地のものを食材にした料理などを提供している。以前、ランチを食べに行ったとき、食材の説明を聞いて「これは只者ではない…」と思ったのだ。自家製なめ茸とか言われたら食べずにはいられないから、興味津々で勝手に大注目している。
2階では展示やトークイベントなども開催し、東京にいてもローカルの食材や食文化を感じられる「風土はfoodから」。シェフ・石丸さんの文才がまた素晴らしくて、感動モノのブログも貼っておきますね。
次回、東京へ行くときには必ず寄ろうと想う。
(またランチを食べに行きたい。笑)
沖縄を拠点に活動する二拠点生活フリーライター・編集者みやねえ(@miya_nee3)でした。それでは、また!!
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